2016年07月10日

自分にとって自分は唯一無二じゃが他人にとって自分は他人の中の一人に過ぎない

 王様じゃ。
 人間は誰しも、他人に成り代わる事は不可能じゃ。

 それが親兄弟であっても配偶者であっても親友であっても、結局は他人であり自分自身ではない。自分が見聞きしたモノを他人はかつて見聞きしたやも知れぬししなかったやも知れぬし、自分が過去それを見聞きしたという事実を他人は知って居るやも知れぬし知らないやも知れぬ。極端な事を言うならば、他人は自分自身が説明して居らぬ事は何一つ知らないやも知れぬのじゃ。

 しかし人間というのは不思議なもので、自らが見聞きした事であるならば他人は全て見聞きして居るし、自分がそれを見聞きしたという事実を他人は事前に察知して居ると思い込む場合が有る。自分自身は少しも説明する努力をせずに「誰も私の事を分かってくれない」だのと宣う。もしこの台詞が「私は世界中の他人について何もかもを分かっているのに、誰も私の事を分かってくれない」であったならば同情出来るのじゃが、未だかつてそう豪語する人間をワシは知らぬ。

 自分が気にされて居らぬ事を自分は気にして居るが、一方で他人を気にしていない事を自分は気にしていない。そんな矛盾を抱えながら、当然のように人間は毎日を生きて居る。
posted by 宮田宗浩 at 00:13| Comment(0) | TrackBack(0) | 王某日記
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